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"1440" という magic number は、私にとってふたつの意味でとても思い入れのある数字です。ひとつは医学的な意味合いにおいて、もうひとつはシステム・プログラミングにおいて。
私は、学生講義の際に「君たちの心拍数はいくらか?」という質問をよく投げかけます。心拍は英語で表現すると heart beat(s)。実はこの質問は少々意地が悪く、正確には「毎分の心拍数」と表現すべきなのですが、ほとんどの学生は "心拍数=毎分" と思い込んでいるため、問題ないのです。ちなみに毎分の心拍数は英語で heart beats per minute と表現し、後半は "bpm" という略号で単位化されています。
この質問に対しては、さすがにどの学生からも「60です」、「70かな?」などと明確な答えが返ってきます。成人の場合、心拍数は安静時(じっとしている時)で60回/分前後ですが、運動時や興奮した際には上昇するため、平均するとおおよそ70回/分となります。
さて、次の質問です。「では、君達の心臓は1日何回拍動しているか?」拍動、すなわち beat はいわゆる「ドッキンドッキン」のことです。"毎分の心拍数70回" という知識があれば、本来小学生でも返答できるはずなのですが、「え〜1000回ですか?」と医学生としてあるまじきトンチンカンな答えが返ってきたり、困り果てた顔で「分かりません」と思考を放棄する学生が結構目立ちます。「お前らホンマに頭付いとんかい!」と思わずハリセンかましたくなる自分をグッと抑えながら続けます。
「あのねぇ、1日って何分なのよ?」
そう、magic number 1440 のひとつの意味は「1日の総分数」、すなわち60x24=1440。臨床では極めて重要な意味を持つ数字のひとつです。この期に及んで、ようやく「え〜〜と、100800です!」という答えが返ってきます。私達の心臓は1日約10万回ドッキンドッキンしている訳です。
ここで全員が目を輝かせて「すっご〜〜〜い!」となってくれれば私も本望なのですが、残念ながら The sense of wonder を感じてくれる学生はごく一部で、多くの場合は無反応。辛いです。
たまらず、「お前らなぁ、1日10万回正確なリズムを刻みながら太鼓を叩き続けられるか?1ヵ月不眠不休で300万回叩けるか?一生だと何回よ?」と畳み掛けるのですが、"のれんに腕押し" 状態。
想像力が悲しいまでに欠如しているのです。ちなみに、私は学生時代、彼ら以上に "アホ" でしたが、"妄想力" にかけては誰にも負けない自信があったように思います。
「何でこの心臓の偉大さを分かってくれへんのや、ウッキ〜〜!」となりつつ、悔しいのでもう少し講義を続けます。
「君たちなぁ、生理学で "心拍出量=1回拍出量X心拍数" という式を習ったでしょ。1回拍出量って、具体的に何mlよ?」専門用語で記述すると、とっても難しそうに見えるのですが、実はただの掛け算に過ぎません。1回心臓がドッキンするたびに大動脈へ送り出される血液量(1回拍出量)に、毎分の心拍数を掛けると、1分毎に心臓から送り出される血液量(心拍出量)が分かるという、これまた小学生でも分かる算数です(心拍出量は通常毎分単位で記述するため、70x70=4900, すなわち約5リットル)。
この質問にもほとんどの学生は答えることができないのですが、成人の場合1回拍出量は少な目に見積もって約70mlです。もちろん身長・体重や運動負荷によっても大きな影響を受けますが、ここに10万回という1日心拍数を掛け合わせると・・。
「70x100000ということは、7000000。1ml=1gとして、ひーふーみーよー7000kg・・ですか?!」
そう、私達の心臓は来る日も来る日も毎日7トンもの血液を送り出していることになります。ちなみに、軽トラックの最大積載量が350kgですから、20台並んだ軽トラをイメージすると良いでしょう。想像を絶する仕事量です。
しかも、心臓は私達が胎児の時から鼓動を始め、主(あるじ)が生涯を終えるその時まで、一度も停止することなく鼓動を刻みます。我が敬愛するジョナサン・ジョースターの言葉を借りれば、「ふるえるぞハート!燃えつきるほどヒート!刻むぞ血液のビート!」(意味不明の方は、ジョジョの奇妙な冒険・ファントムブラッドの集英社文庫第2巻 最終ページをどうぞ)。
uptime 80 years
サーバー管理者であれば、この数字が意味するところを分かって頂けると思いますが、残念ながら医学生には通じないので、"7トンの重み" を了解してもらったところで良しとしています。
ここまで説明すると、さすがの学生も "事の重大さ" に気づいてくれるようですが、残念なことに多くの模範的教科書には "1日の総心拍数10万回" という記述はあっても、"1日7トンにも及ぶ心拍出量" という記載はまず見あたりません。学生の多くは数字の裏に隠された "生命の sense of wonder" を感じとることができず、試験前になるとただ magic number として暗記しているだけに過ぎないのです。何という悲劇でしょうか。
書き手自身が執筆テーマに対して "The sense of wonder" の心を持ちえていない場合、不幸は読者に訪れます。そしてこの悲劇は医学のみならず、コンピュータ関連の分野でも延々と繰り返されているのです。
後編につづく・・