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プログラミングに限らず、日々の生活の中で私を駆り立てるものは何なのだろう?その正体を短い言葉に凝縮し、代弁してくれた人がいる。
その人の名は、Rachel Carson (1907-1964)。彼女は海洋生物学者であると共に、優れた作家でもあった。"Under the Sea Wind" (邦訳 潮風の下で)、"The Sea Around Us" (邦訳 われらをめぐる海)、"The Edge of Sea" (邦訳 海辺) など彼女が著した書は、いずれも世界中でベストセラーとなり、今なお愛読され続けている。
1958年のある日、作家として名を成した彼女の元に、友人から一通の手紙が届く。「先日、役所がDDTを空中散布したのだが、それからというもの、庭に遊びに来ていたコマツグミが次々と死んでしまった・・」という内容だった。この手紙がきっかけとなり、約4年の歳月をかけ、名著 "Silent Spring" (邦訳 沈黙の春) が誕生する。環境汚染に対して世界で初めて警鐘を鳴らした本書は、後に「歴史を変えた数少ない書のひとつ」として、人々の記憶と歴史にその名を刻むことになった。
"Silent Spring" 執筆中、彼女は自分が癌におかされたことを知る。残された時間の中、最後に取り組んだ著作が、今回紹介する "The Sense of Wonder" である。本書は、1956年 Woman's Home Companion という雑誌に掲載された "Help Your Child to Wonder" という作品が下地になっている。
内容について、多くを語る必要はないだろう。"The Sense of Wonder" という、シンプルな言葉の中に、全てが言い表されている。私はこの言葉を初めて目にした時、全身に鳥肌が立った。そう、私を研究やプログラミングに駆り立てるのは、まさに "Sense of Wonder" だったのだ。
Carson 女史はその著書の中で、こうも言っている。
I sincerely believe that for the child, and for the parent seeking to guide him, it is not half so important to know as to feel.
「知ることよりも感じる心が大切なのだ」と。乾ききった心の中に染み入るような、慈愛に満ちた言葉が続く・・。幸い、日本では上遠恵子氏による優れた邦訳版 "センス・オブ・ワンダー" が出版されているので、1ヵ所ほど抜粋させて頂こう。
地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにであったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通ずる小道を見つけ出すことができると信じます。
地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。
鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレイン ー夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさー のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。
ハードカバー版の原書には、Nick Kelsh 氏による、それはそれは美しい写真が散りばめられており、その装丁は日本語版とは別次元の仕上がりとなっている。余りに美しいので、写真に目を奪われてしまうことが、唯一の難点とも言えるだろう。Introduction の左ページでは、双眼鏡を携え、木にもたれ掛かった Rachel が読者に向かって優しく微笑んでいる。40年近い時を超えて私達に語りかける彼女の姿は、残念ながら邦訳版には掲載されていない。
さて、The Sense of Wonder で繰り返し述べられる対象は自然、そして生きとし生けるものであるが、私はプログラミングやハードウェアもまた Sense of Wonder に充ち満ちていると思う。自作したハードやコードが動いた瞬間、思わず声を上げたくなるような感動に包まれた経験は、誰しもお持ちのことだろう。Carson 女史は次のようにも述べている。
If a child is to keep alive his inborn sense of wonder, he needs the companionship of at least one adult who can share it, rediscovering with him the joy, excitement and mystery of the world we live in.
子供に生まれつき備わった Sense of Wonder を守り育てるためには、喜びと驚きを共感できる大人が必要なのだと、彼女は言う。The Sense of Wonder 全編にわたって登場する child は、実は自分自身なのであり、共感できる相手を求めて、私は執筆を続けているような気がする。
上遠氏の訳者あとがきが、胸を打つ。
死を目前にして、レイチェルは友人への手紙にこう書いている。
「もし、私が、私を知らない多くの人々の心のなかに生きつづけることができ、美しく愛すべきものを見たときに思いだしてもらえるとしたら、それはとてもうれしいことです。」
私は Carson 女史に及ぶべくもないけれど、執筆を通じて読者の方々を Sense of Wonder の小道へご招待できればと思う。本年もご支援、よろしくお願い致します。