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本日、amazon.co.jp より、先週注文した JUST FOR FUN のハードカバー版が到着した。まず表紙に彩られた、オレンジ色の蛍光ラインマーカーに目が眩む。「こりゃまた随分派手な表紙だねー、目が痛いよ」。で、ふと見ると LINUS TORVALDS の名前の横に添えられた言葉が目に止まる。そこには「CREATOR OF LINUX」とある。ちなみに先日紹介した翻訳本では「Linux 開発者」だ。「何これ、全然意味違うじゃん・・」
第2部において、Torvalds 氏は繰り返し、プログラマーの誰もがコンピューター上で創造主になり得ることの素晴らしさ、その楽しさを説いている。 CREATOR の文字は、恐らく本文の内容を踏まえてのことだろうが、残念なことに和訳本ではその雰囲気は全く伝わってこない。
次に驚かされたのは、原書のレイアウトである。和訳本では、表紙(カバーの下)にペンギンの集団がカラーで登場する以外は、至って単調な装丁になっている。原書でも同じく表紙にはペンギンが登場するが、こちらは表情豊かな Torvalds 氏の笑顔とペンギンが交互に登場している点がことなる。本文で Diamond 氏が語っている通り、Linux が成功した背景には私利私欲を超越した Torvalds 氏の人柄が強く影響していることは間違いない。表紙に並んだ氏の笑顔は、読者にその事実を納得させるだけの力を持っていると言える。これに対して、和訳本の表紙は単なる「おちゃらけ」。思わず小学館のセンスを疑ってしまう・・。
いや、表紙はどうでもいいのだ。もっと大切なことがある。原書のページをめくると、タイトルページが2ページに渡っている。左のページは真っ黒なページの上に Just の文字。右の白いページの上に for FUN、そして著者の名前が記されている。黒と白の対比が非常に美しく、印象的なのだが、この漆黒のページは以降4回登場する。最初は第1部の幕開け「Birth of a NERD」、次は第2部の冒頭「Birth of an OPERATING SYSTEM」、そして第3部の冒頭「King of the BALL」
「あれ、後一回足りないじゃん?」そう、実は残りの黒ページは第2部第5章の冒頭で登場する。黒をバックにして、友人の Vierumaki 氏の言葉、そして Torvalds 氏の妹である Sara からのメッセージが白インクで綴られている(美しく印象的なページだ)。以下、原書72ページより一部抜粋。
... Linus turned back to his computer and pressed some function key combination -- another login screen appeared. A new login and a new command prompt. Linus showed me four individual command prompts and explained that later they could be accessed by four separate users. That was the moment I knew Linus had created something wonderful. ...
Vierumaki 氏が Torvalds 氏のオタク部屋に招待されたのは、丁度 Linux 0.01 がほぼ出来上がった頃なのだろう。最初は DOS に毛が生えた程度と思われたものが、実は4つの仮想コンソールを切り替えることが可能なマルチタスクOSであることを知った時の心情を語ったものである。私はこのコメントを読んだ時、まるで自分がその場に居合わせたかのような錯覚を覚えた。Diamond 氏の手腕、恐るべしだ。
For me, it meant mainly that the phone lines were constantly busy and nobody could call us... At some point, postcards began arriving from different corners of the globe. I suppose that's when I realized pepople in the real world were actually using what he had created.
サラの優しさと暖かい理解に溢れた素敵な文章である。もっとも最近の人達は「lines were constantly busy」と聞いても、一体これが何を意味しているのか、理解できないだろうが。ちなみに、どちらのメッセージにも create の言葉が使われている点に注目してほしい。原書の CREATOR OF LINUX という肩書きに、特別な思いが込められていることは、明らかである。DEVELOPER にはあらず、だ。
残念ながら、この二人のメッセージは和訳本では、特に区別されることもなく、回りの文章と同じトーンで印刷されている。もはや、日本の読者達は、このメッセージに託された深い意味を知る由もないのである。
さて、この2つの印象的なメッセージを左ページに置いて、第2部第5章はスタートする。逆に言えば、原作者達は Chapter V: The Beauty of Programming 以降を、この本の中でも特別な章として捉えていることが分かる。その証拠に、第5章の出だしを見てみよう。
I don't know how to really explain my fascination with programming, but I'll try.
何と、あの寡黙な Torvalds 氏が、語り始めているのである。曰く、
The operating system is the basis for everything else that will happen in the machine. And creating one is the ultimate challenge.
この他にも興味深い言葉が並んでいるので、是非本物を読んでみてほしい。続く第6章では、ターミナルエミュレーター(昔懐かしい、モデムを介した通信プログラム。ちなみにかっての私の専門領域?)を改良していく過程が、手に汗握るような(少なくとも私にとっては)筆致で書かれている。再び曰く、
The next moment I realize it's accumulating so many functions that it has metamorphosed into a new operating system in the works.
来た来た、来ましたよ〜〜お兄さん。こうして、第7章のクライマックス、「Let There Be Light」に続くのである。
それにしても、日本語であろうと、英語であろうと、何度読んでもワクワクさせられる。良く練られた原書の場合はなおさらだ。これから先、もしもコーディングや連載で行き詰まった場合は、本書を手にして奮い立たせてもらうことにしよう。そして願わくば、この日本においても JUST FOR FUN を体験し、理解し、そしてお互いに共有できる人達が輩出せんことを。
蛇足ながら、日本のマスコミはこの書を「オープンソース本」として捉えているようだが、今回原書を手にして、著者達の意図はそれとはことなることを確信した。本書は世界的ハッカーの自叙伝であり、極めて素直な心の発露が語られている。そして、第2部に込められた彼の思いを理解できるのは、ハッカーをおいて他にはいないだろう。
Torvalds 氏にとっての FUN とは、マシンいじりであり、coding であり、OS の構築である。そして、Linux-0.01 が誕生した原動力は、純粋な好奇心以外の何物でもない。これが FUN の前に "JUST FOR" が冠されている理由だと、私は思う。