Categories Books | Hard | Hardware | Linux | MCU | Misc | Publish | Radio | Repository | Thoughts | Time | UNIX | Writing | プロフィール
この7月末、松山で最も大きな売り場面積を誇っていた紀伊国屋書店が、突然閉店することとなりました。もともと、工学書の品揃えは郊外にある宮脇書店の方が充実していたため、それほどショックではなかったものの、大型書店がひとつ消えるとやはり寂しいものです。
ところが、間もなく「ジュンク堂書店が四国初上陸」という信じられないような朗報がもたらされました。それも9月には開店するという。「紀伊国屋が閉店した後に、わずか2ヵ月で開店?ホンマかいな?」
ホンマでした。9月19日、紀伊國屋書店が入居していたビルがそのままジュンク堂書店として生まれ変わったのです。翌日の愛媛新聞1面には、華々しくその様子が掲載されました。その後の幾つかの記事をまとめると、ジュンク堂出店には以下のような背景があったようです。
わずか18日で専門書を中心に45万冊を店舗に並べ切るとは、ジュンク堂軍団、恐るべしであります。
開店日には、もちろんスキップ気分でジュンク堂を訪れました。これまで出張の折りにしか寄ることができなかった、日本有数の専門書店が我が松山に来てくれるとは、俄には信じがたかったのですが、当日は神戸のチーズケーキがサービスということもあってか、1階のレジコーナーは長蛇の列で賑わっておりました。
早速、自然科学書のフロアーへ駆け上がりましたが、これは本当に凄い。大阪本店や池袋店に比べれば冊数は随分少ないのでしょうが、私にとってはまさに "黒船来港"。松山の電子工学関連図書はこれまで壊滅的状態でしたが、一夜にしてここまで様変わりするとは。ようやく松山にも "文明開化" がやって来たのかと、オジサンは一人感涙にむせんだのであります。
まずは、電子工学の棚を丹念にチェックして行きましたが、重要な書籍はさりげなく複数冊で並べられており、明確な意図をもって "軽重" がつけられていることが分かります。このような本棚は、松山の書店には皆無でした。「やるのぅ、お主」と、見たこともない店員さんと心の中で会話を交わすという、生まれて初めての経験に思わずニヤニヤ。回りに人がいないコーナーで良かった。
ゆっくりと眺めていくと、とある本棚の最下段に黄色い背表紙の集団を発見。「は?まさか?あの超マイナーな "プログラム学習方式シリーズ" まで並べたの?うっそ〜〜〜〜!」
プログラム学習方式シリーズとは、以前紹介した末武国弘博士が監修し、旧松下電器工学院が中心となって執筆した昭和50年代から続く隠れたベストセラー。廣済堂が出版していますが、企業内研修で利用されることが多いためか、まず普通の書店には置かれていません。それが、20冊以上にわたりシリーズ全作が並んでいるのです。「なんちゅうオタッキーな本屋なんじゃぁ、ここは!」
私は既にプログラム学習方式シリーズの一部を揃えていましたが、この日初めて "半導体回路" を手に取ることができました。半導体回路は3分冊からなる半導体基礎講座であり、このシリーズのみ職業能力開発教材委員会が編集に関わっています。ネット上の情報では、内容が皆目分からなかったのでこれまで見逃していたのですが、実際に広げてみて愕然。一目で、この第一巻・第二巻が半導体回路入門書の最高峰であることを直感しました。
早速、週末を使い一気に2冊を読み切りましたが、つくづく素晴らしい。説明に用いる用語の選び方や表記方法は、思慮深く超一級品、加えて豊富な作図は独創性に溢れ、これまた素晴らしい。世の中にトランジスタの解説書は数多いのですが、どれもこれもが今ふたつ今みっつ。これらの "教科書" を読んで理解せよというのが、そもそもの間違い。理解できないことを自覚できる人こそが正しい。これまでトランジスタでつまづいた人には、半導体回路1・半導体回路2をお勧めします。決して上手とは言えないマンガが掲載されていたり、独特のレイアウトのため、見た目だけで敬遠している読者も多いと思いますが、中身は本物です。著者達は "教育" を本気で考え議論し、渾身の力で書き下ろしています。例えば、彼らは「トランジスタの基本性質は分流にある」と言い切っていますが、この一言だけで6000円を払う価値があるでしょう。ネット上ではほとんど言及されることのない、プログラム学習方式シリーズを本棚に揃えてくださった店員さんに、心より感謝すると共に敬意を表します。
その後も、週末になるとジュンク堂書店にでかける日々が続きましたが、芭蕉との逢瀬を楽しんだ翌日。ジュンク堂書店 大阪本店で、自然科学書を担当されている平木さんという方から、メールを頂きました。2009 関西オープンフォーラムで臨時出店するジュンク堂KOF店において、GNU開発ツールを販売させて頂けないかという内容でした。販売企画に至った理由や、KOF店終了後の大阪本店や池袋店での販売予定などが、とても丁寧な文章で綴られており、何度かのやり取りの後、数日後には納品を完了しました。
平木さんの宣伝のおかげで、GNU開発ツールは会場で完売したそうです。ジュンク堂KOF店のページには、開催者の計らいで「希少本」というタイトルまで付けて頂き、嬉しいやら気恥ずかしいやら。今は JUNKUDO BOOK WEB や大阪本店・池袋店、そして松山店にも並んでいますので、"希少本" に興味のある方は店頭でご覧ください。
平木さんは、ジュンク堂松山店開店の折にも応援部隊として駆けつけ、店内の "棚作り" に尽力されたそうです。書店の棚作りというのは聞き慣れない言葉ですが、仕入部ではなくフロア担当者が直接仕入れを決定するジュンク堂書店では、棚作りもまた担当者の重要な仕事なのだそうです。単に本を並べるのではなく、ある意図をもって棚を作る。単に項目を並べるのではなく、明確な意図をもってストーリーを形作る。棚作りと本作り、どちらも手に取った読者の笑顔が最高の喜び。
あらためて本屋さんが好きになりました。