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2006-06-13 (Tue)

[Thoughts][Books] 知っておきたいミニコン/パソコン変遷史

トラ技コンピュータ 1995年7月号

トラ技コンピュータ 1995年7月号 いつも海外の優れた出版物を紹介するというのも、一日本人としては "癪に障る" 話なので、今日は PDP-11 に関連する超一級品の国産資料 "知っておきたいミニコン/パソコン変遷史" をご紹介しておきましょう。

この資料は、1995年7月に出版された CQ出版 トラ技コンピュータ の特集記事です。トランジスタ技術は、トラ技コンピュータの他にも、トランジスタ技術SPECIALや TRY!PC など、極めて資料性の高い別冊シリーズを出版していますが、残念なことにそのほとんどが絶版となっています。

"知っておきたいミニコン/パソコン変遷史" は、数あるトラ技コンピュータ・バックナンバーの中でも、ミニコンピュータを対象とした異色の存在であり、発刊にあたっては編集部内でも企画段階から相当の論議があったのではないかと思われます。

PDPからIBM PC, PC98へと受け継がれる技術を理解しよう

私は、この企画を実現させた編集担当者の "志" をそのサブタイトルから感じ取りました。曰く、「PDPからIBM PC, PC98へと受け継がれる技術を理解しよう」。

IBM PC を頂点とするパーソナルコンピュータの系譜は、すべて DEC 社 PDP シリーズの血筋を引いており、その歴史と技術系譜を明らかにする事が本特集のテーマです。1995年当時は NEC 98MATE X シリーズが販売されていた頃であり、特集の章立ては

  • 第1章 パソコンの礎となったDEC社のコンピュータの変遷
  • 第2章 世界標準パソコン IBM PC と MS-DOS の変遷
  • 第3章 日本の国民機 PC98 シリーズの変遷

となっています("国民機" という言葉に、思わず目頭を押さえてしまう方も多いのでは)。章毎に、ことなる著者が執筆を担当していますが、圧巻は何と言っても、勝男 厚氏による第1章です。

Digital Equipment Corporation 社の名前の由来や(同社は起業当時 digital module と呼ばれる単純なフリップフロップや論理回路のボードを設計販売していた)、Programmed Data Processor (PDP) シリーズ誕生の歴史的経緯、PDP-8, PDP-11 の開発秘話とそのアーキテクチャなど、世界中の PDP マニアが本特集の存在を知れば、本気で日本語を勉強するのではないかと思われるほどの内容になっています。掲載されている写真資料も、ネット上の PDP サイトではお目にかかれないような資料価値が高いものばかりです。

この特集記事を堪能するためには、機械語とアーキテクチャに通じている必要がありますが、1980年代カセットテープを握りしめ、マイコンと共に熱き青春の日々を過ごした世代であれば、3章を通じてしばし恍惚感に浸れることでしょう。

ミニコンものがたり

残念ながら、トラ技コンピュータ 1995年7月号も絶版になって久しく、入手は極めて難しい状況にあります。ところが・・

日本HP社の粋な計らいで、同社のサイト上において当時の原稿が "ミニコンものがたり" として、ほぼ完全に再現されているのです(イラストや一部の原稿は割愛)。日本DEC は、1998年コンパックコンピュータに併合され、コンパックコンピュータは2002年現在の日本HPに併合されています。

オリジナルの文献は Google で検索しても、現在2件がヒットするだけですから、この貴重なオリジナル資料を目にすることができた幸運な人達は、わずかでしょう。本特集を一般公開してくださった、日本HP社、CQ出版社、そして著者である勝男 厚氏に感謝いたします。なお、どうしても全編が読みたい方は図書館で本書を探すか、CQ出版社のコピーサービスを活用しましょう。

本特集をはじめとして、1970-1990年代に発行された日本の技術書には、志に溢れた良質な記事や書籍が現在よりも遙かに多かったような気がします。"評価されるべきもの" にも書いた通り、過去に埋もれている日本の偉大な作品群を今一度見直すべきではないでしょうか。

PDP-8/E Simulator

PDP-8/E Simulator 勝男氏が本特集で紹介している、1965年に発表されたDEC社 最初のベストセラー、PDP-8 は1ワードあたり12ビットで構成され、そのうちOPcode (OPeration CODE)は3ビット。すなわち、命令はわずか8種類でした。また、4Kワード以上のアドレス空間を制御するために、セグメント方式が採用されています。悪名高き 8086 セグメント機構のご先祖様は、なんと PDP-8 だった訳です。

この超シンプルなミニコンを Mac OS X 上で再現するエミュレータ、"PDP-8/E Simulator" が Bernhard Baehr氏の手により公開されています。惚れ惚れするほど美しい画面デザインであり、ロードしたプログラムが LED 点滅と共に動く様子は、まさにエクスタシー(OS X ユーザで良かった)。ちなみに、DECpack イメージとして OS/8 System Disk も添付されています。

同氏のサイトは資料も充実していますので、マニュアル片手に40年前のハッカー気分を味わうのも良いでしょう。