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久々に骨のある著書に出会った。昨年出版された Karim Yaghmour 氏による Building Embedded LINUX SYSTEMS の翻訳版である「組み込みLINUXシステム構築」がその本。この手の翻訳本は原著の内容が良くとも、稚拙な日本語により最悪の結末を迎えてしまうケースが多いのだが、林秀幸氏の手腕のおかげで安心して読める日本語に仕上がっている。きちんとした母国語で、海外のホットな書籍を読めるとは、大変有り難いこと。訳者紹介を見ると、林氏のお仕事はテクニカルトランスレーター/テクニカルライターとある。読者のためにも、こういう素晴らしい翻訳が出来る方に、思う存分活躍して頂きたいものだと思う。
さて、その内容だが良くも悪くも百科辞典的である。細部に至るまで詳細な下調べに基づいており、これほどの資料性に富んだ書籍も珍しい。昨今見かけることの多い、「ぽっと出」の組み込み本とは訳が違うのである。
よって、この本は1ページ1ページめくりながら丹念に読み込むのではなく、必要な箇所を参考資料として用いるのが良いだろう。さもなければ、消化不良の結果下痢を起こす危険性がある(特に第1〜3章に注意)。私の場合は、「第4章 開発ツール」が一番興味深く読めた。GNU 開発ツールチェインについて系統的に解説した資料は、恐らく唯一のものではないだろうか。ただし、内容はかなり高度であり、「過去に泣いた経験」が必要かもしれない。
カーネル、ルートファイルシステムの解説は比較的あっさりとしか触れられていないが、第7章 記憶装置のセットアップはオリジナリティーに溢れている。中でも、従来ほとんど触れられることがなかった MTD デバイスや、DOC (Disk On Chip) に関する解説は特筆に値する。
また、「組み込み屋の観点」から捉えた、第9章 ブートローダのセットアップも非常に読み応えがある。ドイツ製の "Das U-Boot" の存在は本書で初めて知ったが、名前もさることながら、機能も凄い。U-Boot (Universal BOOT-loader) は、現時点で x86, Power PC, ARM, XScale, MIPS をサポートしており、組み込み界ではこれから赤丸急上昇すること間違いない。要 follow。
さて、本書のお勧めパートは、実はもう1ヵ所ある。それは"まえがき"。その一部を引用させて頂く。
本質的に開拓者たちは、自分たちの目的に沿うようにLinuxをそぎ落としてカスタマイズし、 Linuxのほうをアプリケーション側にプルして(引き寄せて)きた。したがって、組み込みの世界に Linuxが浸透したときのアプローチは、多くのソフトウェアベンダが自社製品を新しいアプリケーション分野に プッシュする(押し出す)ときのアプローチとは対照的である。組み込みシステムの開発者にとっては、 ベンダがプッシュしてくる製品を自分の設計に適合させるよりも、Linuxを自分の設計にプルするほうが はるかに簡単なのである。
「Linuxを自分の側にプルする」とは、うまいことを言う人である。激しく共感してしまった。これは、英語の原著を是非とも読みたいところ。ということで、本書の対象読者は限られるかもしれないが、久しぶりの良書と言える。