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   西田 亙の本:GNU 開発ツール -- hello.c から a.out が誕生するまで --

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2003-11-11 (Tue)

[Time] アインシュタインが残したもの

UBER DIE SPEZIELLE UND ALLGEMEINE RELATIVITATSTHEORIE

Navstar 衛星は今日も高度20kmの彼方から語りかける、「GPS はどうなったんや?」

いえいえ、忘れてはおりませぬ。Software receiver を実現するためには、特殊相対性理論と一般相対性理論のふたつの知識が必要になるらしい。で、どちらもチンプンカンプンの私は、Brainstorming ML に参加しておられる東木さん(私の数学の師匠)にお伺いを立てた。「相対性理論とやらを勉強するために読むべき本は何でしょう?」と。その返答は驚くべき内容であった。

アインシュタイン以外が書いた本は読んではいけません。

「そんな無茶な〜〜」というのが、その時の素直な感想。数学音痴の私が、神の御言葉など直接理解できる訳もない。しかし、よくよく聞いてみるとこの世にはアインシュタイン博士が一般人向けに書いた、唯一の啓蒙書とでも呼ぶべき本が存在するらしい。知らなかった・・。失礼ながら、アインシュタイン博士は「天才にして変人」というイメージしか持っていなかった。私のような凡人相手に、分かりやすく解説を残してくださっているとは、夢にも思わなかったし、これまで誰一人として教えてはくれなかった。しかし、事実はその逆だったのだ。

東木さんに勧めて頂いた本は、金子務氏翻訳による「特殊および一般相対性理論について」。題名からして有り難い御利益がありそうな感じを受けるが、届いた本はまさにそのイメージ通りだった。何やら、難しい日本語だ。一筋縄では行かない様相を呈している。これは、翻訳による影響なのか、それとも原著自身がこのような文体で書かれているのかは、分からない。こんなことなら、本気でドイツ語勉強しておけば良かった・・。der, des, dem, den ぐらいしか覚えていないよ、シクシク。

ということで、罰当たりな私は本文をさしおいて、訳者後記を読みふける(いつもだ)。しかし、この後記が最高に面白く、思わず鳥肌が立った(一体何を読んでいるのだ私は・・)。その一部を引用させて頂く。

本書が執筆されたときの1916年は、一般相対性理論の発表直後にあたる。
第一次世界大戦の硝煙が、ヨーロッパを席巻していたときであった。
戦時下のドイツは紙不足で、初版発行部数は少なかったらしい。
しかも付記もない70ページほどの小冊子である。
しかし反響はすさまじかった。
科学界から一般の社交界にまでこの話題は拡がり、敗色濃い戦争末期の
1918年5月に政府の協力で紙がかき集められ、第三版3000部が刷られた。

素敵な話ではないか。ドイツ人は偉い!で、問題の書籍は次のようなまえがきで始まる。

この小さな書物は相対性理論について、広く科学的、哲学的見地から興味を
いだいているような人々に、理論物理学上の数学的道具を使わないで、
できるかぎり精確な洞察を与えようとするものである。

まるで、小説のような導入部だ。ただ、当初頭に浮かんだ「ひょっとして、日本語訳に問題があるのではないか・・」という疑いが消えなかったので、ドイツ語は無理として、恐らく世界中で最も売れているであろう、英語版「RELATIVITY The Special and the General Theory」を amazon.com から取り寄せた。

結論から言えば、英語訳も日本語訳と同じような文体であった。原著は、噛み砕かれた平易な言葉で書かれている訳ではないようだ。しかし、カバー裏に書かれたメッセージは実に分かりやすい英語で、本書を紹介しているので、引用しておく。

It has long been a popular misconception that only a handful of people in the world
can understand Einstein's theory of Relativity. Here is a book, however, by the originator of
the theory himself explaining the theory in simple words that anyone with the
equivalent of a high school education can understand.

2冊の本を読みながら、ふと脳裏によぎった小説がある。それは、コンピューター関連書がぎっしり並んだ、私のスチールラック中で唯一冊の小説、三島由紀夫の「潮騒」である。

潮騒も数ある三島作品の中では特異な存在であり、中学生でも読める筆致で叙情的な世界が書き上げられている。平易ではあるが、天才にしか為し得ぬ情景描写、美しい日本語。何度読んでもページをめくる度に、思わずため息が漏れる・・。昨今の乱れた日本語や、マスコミに流れる粗野な言葉に疲れたとき、私はこの書を手に取る。

真に優れた著作は、誰が読んでも了解できるものだ。しかも、その内容は簡潔にして明瞭である。

小説家である三島由紀夫が潮騒という名作を生み出したことは、理解できる。しかし、理論物理学者であるアインシュタイン博士が、潮騒に匹敵するスタイルで相対性理論の啓蒙書を書き上げたという事実は、私を心底驚かせると同時に、アインシュタインその人に対する認識を一変させた。

「この書は理論物理学界における潮騒である」と、私は思う。問題はアインシュタイン博士の文章から、その意志を私が汲み取れるかどうかだが・・。